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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)9279号 判決

原告

吉豊産業株式会社

右代表者代表取締役

吉本晴巳

右訴訟代理人弁護士

中山晴久

露木脩二

被告

若原順一郎

右訴訟代理人弁護士

北尻得五郎

松本晶行

池上健治

川崎裕子

吉川実

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、原告から九〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙一の物件目録に記載の建物を明け渡し、かつ、原告において右金員を提供したにもかかわらず、その明渡をしないときは、右提供の翌日から明渡済みまで一か月六九万〇三〇〇円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的請求)

被告は、原告に対し、別紙一の物件目録に記載の建物を明け渡し、かつ、一五五五万二四一九円及び昭和六一年七月二九日から右建物明渡済みまで一か月六九万〇三〇〇円の割合による金員を支払え。

2(予備的請求)

被告は、原告に対し、原告から五三一三万八〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、別紙一の物件目録に記載の建物を明け渡し、かつ、一五五五万二四一九円及び昭和六一年七月二九日から右建物明渡済みまで一か月六九万〇三〇〇円の割合による金員を支払え。

3(両請求に共通)

(一)  訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  中務新治(以下「中務」という)は、被告に対し、昭和二六年頃別紙一の物件目録に記載の建物(以下「本件建物」という。)を、期限の定めなく賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

2  原告は、昭和五三年八月末日頃中務から本件建物を買い受け、被告に対する賃貸人の地位を承継した。

3  原告は、昭和五七年六月一五日被告に対して書面により本件賃貸借契約を同年一二月末日限り解約する旨の意思表示をし、右書面は同年六月一六日被告に到達した。

4  吉本五郎右衛門(以上「吉本」という。)は、大阪駅前に、本件建物敷地部分(大阪市北区梅田二丁目二番五宅地462.97平方メートルのうち73.77平方メートル、以下「本件土地」という。)を含む広い土地を所有している。原告は吉本の右土地を運用する目的で昭和二九年三月に設立され、吉本が取締役会長に、その弟吉本晴巳(以下「晴巳」という。)が取締役社長に、同じく吉本博也(以下「博也」という。)が専務取締役にそれぞれなっており、その株式も右三名の一族がすべて所有している。

吉本としては、後記のとおり本件土地を含む大阪市北区梅田二丁目二番一ほか七筆合計約二八〇〇平方メートルの一体をなす土地(以下「第一土地」という。)に原告をして高層建物を建築させてその有効な利用を図り、原告からしかるべき地代収入を得る必要があり、原告としても、後記のとおり右土地に高層建物を建築してこれを他に賃貸し又は自ら収益をあげる必要がある。しかるところ、実質的には、吉本と原告は一体であって、その一体としての目的が、可及的速やかに第一土地の有効な利用を図るための高層建物の建築にある。これが前記解約申入における原告の正当な事由であって、その内容は以下のとおりである。

5(本件土地を含む区画の状況)

(一) 第一土地は、次の八筆の土地からなる一区画の土地である(いずれも地目は宅地)。

(1)大阪市北区梅田二丁目二番一

1003.99平方メートル

(2)同二番三

325.52平方メートル

(3)同七番一 15.86平方メートル

(4)同七番三

479.10平方メートル

(5)同七番五 3.37平方メートル

(6)同二番四 63.60平方メートル

(7)同二番五

462.97平方メートル

(8)同六番 328.26平方メートル

(右面積はいずれも公簿による。)

第一土地は別紙二の付近概況図の②の部分に位置し、その形状は別紙三の区画図のとおりである。

(二) 第一土地は同地上に戦前より所在した貸家が戦災によりすべて焼失したため更地の状態で終戦を迎えた。吉本は同地上に大阪駅前にふさわしいビルを建設する希望を有していたが、当時預金も封鎖され、建築資材も統制下にあったこともあって、吉本は、自ら使用する約八八〇平方メートルを除いた大部分の土地を戦前からの借家人などで住居あるいは店舗に困っていた人達にとりあえず賃貸せざるを得なかった。

その後、ことに昭和三八年頃から、吉本は逐次機会あるごとに原告に借地権を買収させる等して右土地の自らの実質的占有を回復し、今日では全体の約九〇パーセントに当る約二四三八平方メートルを原告が占有使用するに至っている(もっとも別紙三の区画図のfile_4.jpg部分の北側部分423.98平方メートルについては、同六一年一二月一〇日第一生命保険相互会社に対して臨時店舗所有のため一時賃貸している。)。その結果現在吉本又は原告が第一土地を一体として使用することの妨げとなっている土地占有者又は地上建物の占有者は別紙三の区画図に示したとおり

(1) 右図のfile_5.jpgの場所に建物(敷地面積約一四六平方メートル)を所有する株式会社河原写真機店

(2) 同図のfile_6.jpgの場所に木造二階建店舗(敷地面積約九七平方メートル)を所有する中川千代三及びその建物を占有する中川料亭株式会社たfile_7.jpg安

(3) 同図のfile_8.jpgの場所(本件土地)の原告所有建物(本件建物)を占有する被告

(4) 同図file_9.jpgの場所に木造二階建店舗(敷地面積約五八平方メートル)を所有する山本勘助

のみとなった(なお同図file_10.jpgの場所にあった原告所有の木造二階建店舗の一階の一部約二〇平方メートルを占有していた細川隆史及び株式会社梅田フォトサービスについては、その占有者らが同五九年六月三〇日同建物を原告に明け渡し、原告がこれを取り壊したため右file_11.jpg部分は更地となった。)。

これら占有者が第一土地の一部分を占有しているため、右土地の全体としての利用が現在まで妨げられてきている。

6(本件土地の地域性)

(一) 第一土地は、大阪駅に至近であって、いわゆる大阪の表玄関といえる場所にある。地下鉄四ッ橋線西梅田駅の真上にあり、阪神電車梅田駅に至近であり、JR片福連絡線桜橋駅予定場所にも極めて近い。また、その面する四ッ橋筋は六車線の大阪市内有数の幹線道路であり、第一土地のすぐ南を通る国道二号線と交差しており、第一土地の西側には阪神高速道路梅田進入路もある。第一土地の北側は新阪神ビルに接しており、西側には道路をはさんで西阪神ビル(ホテル阪神)がある。東側には四ッ橋筋の向い側に大阪駅前の市街地改造ビルの一群とともに、吉本所有の北区梅田一丁目三番一及び二合計約七〇〇〇平方メートルの土地(別紙二の付近概況図の①の部分に位置する。以下「第二土地」という。)上に昭和六一年九月に完成したヒルトン・ホテル及びヒルトンプラザを擁する吉本ビルディングがある。建築関係法規上第一土地は市街化区域、商業地域(建ぺい率一〇〇パーセント、容積率一〇〇〇パーセント)、防火地域、高度地区及び駐車場整備地区である。

(二) 更に本件土地は、本件の裁判所の鑑定によっても昭和五八年一月一日現在において七九六七万一〇〇〇円(平方メートル当り一〇八万円)、同六一年七月二八日現在において一億五九三四万三〇〇〇円(平方メートル当り二一六万円)という高額になっており、この評価をそのまま第一土地全体に及ぼしても三〇億ないし六〇億円となり、しかも本件土地は第一土地全体のうちで比較的評価の低くなる位置にあるから、第一土地全体の評価がこれを大幅に上まわることは疑いない。固定資産税及び都市計画税も高額であって、第一土地全体として同五七年度においては二七〇〇万円余であり、同五九年度においては二九〇〇万円余となっている。

右のとおり第一土地は、本来高層ビルの適地として高い収益性を持つが、維持費用も高額になるためその利用を誤り本来の収益を挙げ得ないとその維持すら困難になるという危険性を有する。このことは、吉本が死亡し相続が開始した場合を考えれば明らかであって、その相続税の支払が可能か否かは、第一土地の収益性の如何にかかっているのである。従って、吉本や原告にとって、第一土地の有効利用を図れるか否かは、収益を挙げるか否かにとどまらず、その存在基盤を維持できるか否かにつながる問題なのである。

(三) 以上のとおり、第一土地は資産的に高い評価を受ける反面、固定資産税をはじめ多額の維持費用を必要とする。かかる維持費用をまかない、かつその所有者として本来受くべき果実を得ようとすれば、その地上に高層建築物を建設し、土地の立体的利用をはかるべきは当然である。現に、大阪駅前の地域における高層化は著しく、第一土地のように高層化が果されていない箇所は別紙二の付近概況図のとおりごく少くなっている。

(四) 第一土地の高層利用については、土地所有者の経済的な必要性のみならず、その土地が大阪駅前に存し、その利用について極めて高度の公共性を要求される環境にあることから、大阪市はじめ公的機関においても強い関心を示しており、それが社会的要請ともなっている。

7(本件土地の利用状況)

(一) 本件土地を含めた被告ほか原告以外の第一土地の占有者又はその地上建物の占有者の現在の利用状況及び当該占有部分について吉本及び原告が得ている収入は別紙五の占有部分利用状況のとおりである。

(二) この点を詳述すれば、原告が本件土地に関し被告から得た収入は、昭和五七年度においては月額七万円の賃料相当額であり、これに対し原告が負担した費用(吉本に対する地代及び本件建物の公租公課)は月額四万四三七二円であるから、同年度の本件土地についての原告の収益は二万五六二八円に過ぎず、また吉本の本件土地からの収益は、原告からの地代四万三三五一円から本件土地の公租公課三万〇一一八円を控除した一万三二三三円に過ぎなかった。これを更に第一土地のうち土地又は地上建物に吉本と原告以外の占有者のある土地の部分(別紙三のfile_12.jpg、file_13.jpg、file_14.jpg及びfile_15.jpg)に及ぼすと、同五七年度において合計三九五平方メートルの土地が、吉本と原告とを併せて月額約三〇万円の収益をもたらしていたに過ぎないのである。

第一土地全体の収益としては、右file_16.jpg、file_17.jpg、file_18.jpg及びfile_19.jpgの土地部分に加えて、原告が同地上で営業している駐車場の営業部分及び原告の自用の事務所部分の地代として吉本に支払っている額が約三二〇〇万円(吉本は、この土地に対して固定資産税及び都市計画税を二七〇〇万円余(同五七年度において)支払っている。)と、原告が右駐車場営業から得ている約一三五〇万円(同五八年度において)の営業収益(もっとも、土地の利用権からの収益はそのうちの一部であるが)しかない。このように少くとも三〇億円ないし六〇億と評価される第一土地全体二八〇〇平方メートルからの収益としては、現状は余りに少額に過ぎるのである。

以上によれば、吉本及び原告は右占有部分よりその負担している租税公課をわずかに上廻る収入を得ているに過ぎず、それは土地所有者として、またその土地を利用すべき立場にある者として本来享受し得べき利益からは程遠いものというべきである。

(三) 一方、右残存する占有者のために利用が制限される範囲は第一土地の全体にわたり、吉本としては第一土地のその余の部分を原告に賃貸して、その事務所及び有料駐車場としてとりあえずこれを平面として又は低層建物敷地として利用するほかない状況が継続している。

(四) 前項に述べた地理的条件と右に述べた現状を併せみれば、第一土地は、高度の公共性を有する地域的環境にあり、既に高層利用がなされていて然るべきものであるのに、現在の利用状況はこれとかけ離れたものであって、被告ほか第一土地の一部を占有利用している者のため第一土地全体の利用が平面・低層利用にとどまっており、この現況をもって推移することは土地所有者吉本及びその土地を利用し得る立場にある原告にとって不利益であるのみならず、大阪駅前ことに南梅田の発展を妨げることにもなり社会的にも問題視さるべきものであるということができる。

8(原・被告間の交渉)

(一) 吉本は前記第一土地の有効利用を実現すべく昭和四九年頃には具体的な同地上へのオフィスビル建築の計画を樹て、前記河原写真機店と交渉するなどその計画を推進し始めた。

(二) 一方、前記中川は同三七年九月一九日に吉本との間で作成された和解契約により、吉本が第一土地上にビル建築を希望したときは、遅くとも同五一年一月末日までには立ち退くことを約束していた。そこで同五〇年になって吉本は右中川及びたfile_20.jpg安に対し両名の占有する第一土地上の建物の明渡を求める調停を申し立てたが、同人らは右契約の成立を否認し、原告が求めた調停は進行しなかった。ところが、その頃被告、河原など山本勘助以外の第一土地上の建物の所有者及び占有者(もとより原告を除く。)を構成員として「ガンバロウ会」(のちに「大阪駅前桜橋商店同友会」と名称変更。以下「同友会」という。)が結成され右調停はあたかも吉本と同友会構成員全員との交渉であるかのような観を呈するに至った。

右交渉において、被告はじめ同友会構成員は吉本の計画したオフィスビルについて区分所有権を要求した。吉本及び原告も借地人に対しては右ビルの区分所有の考え方を必ずしも拒否するものではなかったが、同友会は、借地人のみならず借家人についてもビルの区分所有権を与えることやビルのみならずその敷地についても同友会構成員に所有権ないし著しく低廉な借地料での借地権を設定することを主張し、また、借地権とビル区分所有権との間の変換比率すなわち同友会が第一土地の占有部分の明渡と引換えに要求するビル区分所有権の坪数について不当に大きな要求をし、専有部分の位置についてもその要求に固執し、ひいてはビル構想立案に同友会の介入を求める等吉本及び原告として到底容認し得ない条件を要求したため右交渉は物別れとなり、右調停は同五二年一一月に打切となった。

(三) 昭和五三年になり、第一土地上に建築されるであろうビルの建築工事を請負うことをかねて希望していた株式会社竹中工務店(以下「竹中工務店」という。)が吉本及び原告並びに同友会双方に対し、同土地上にホテルを誘致する為の建物を建設することを内容とする提案をし、関係者と折衝を開始した。吉本及び原告は原則的にこれに賛同したので、以後は専ら竹中工務店と同友会との間で折衝が続けられたが、前記オフィスビルの場合と同様、同友会の要求する条件がホテル業者と吉本及び原告とが容認し得る条件ではなく、竹中工務店の試みは不成功に終わり、同社は同五六年一月に交渉を最終的にあきらめた。

(四) 右の交渉の経過を通じ、吉本、原告又は竹中工務店に対する被告をはじめとする同友会構成員の要求は、常に客観的に妥当と考えられる水準をはかるに超えたものであった。例えば、前記借地権と区分所有権の変換において、被告は借地権者ではないのに四〇坪を頑なに要求した。すなわち被告はじめ同友会はそれを容認すれば到底ビル経営の採算がとれなくなる条件を主張し続けたのである。

(五) このように、被告は表面的には吉本及び原告のビル建設には協力する旨を言明しながら、実際には吉本及び原告の状況を奇貨として巨利を要求する態度に終始し、そのため吉本及び原告としては当事者間におけるそれ以上の交渉をあきらめざるを得なかったのである。

(六) なお、被告以外の第一土地又はその地上建物の占有者についての事情は次のとおりである。

(1) 河原写真機店は別紙三区画図file_21.jpgの場所を原告から賃借して建物を占有していたが、吉本は昭和五四年一二月三一日右借地権の期間満了によりその更新を拒絶し、右河原が明渡をしないで、吉本は本件訴提起と同時に右河原に対して別訴を提起した。

(2) 中川千代三は別紙三区画図file_22.jpgの場所を吉本から賃借し建物を所有していたが、右借地権は同五七年七月一〇日の経過をもってその期間が満了したにもかかわらず、その明渡をしないので、吉本は本訴提起と同時に右中川及び同じく右建物を占有する中川料亭株式会社たfile_23.jpg安に対して別訴を提起した。

(3) 細川隆史及び株式会社梅田フォトサービスは別紙三区画図file_24.jpgの場所にある原告所有の木造二階建店舗の一階の一部を占有していたが、前記のとおり本訴提起後これを明け渡し、右建物は取り壊された。

(4) 山本勘助は別紙三区画図file_25.jpgの場所に建物を所有しているが、従前からの交渉経過から右山本との間ではビル建築に際しては任意に解決することが十分に可能である。

9(今日における必要性)

(一) 吉本及び原告が第一土地を自ら使用すべき必要性は、被告に本件賃貸借契約の解除を通知した昭和五七年六月一六日以降もますます増大している。すなわち、第一土地の四ッ橋筋を隔てた向い側にある第二土地については、その利用について吉本及び原告は大阪駅前にふさわしい用途を種々検討し、大阪市、大阪財界とも協議した結果、国際的にも著名なヒルトンホテルの誘致に成功し、同地上には右ホテル及びヒルトンプラザを擁する地上三四階の超高層ビルが同六一年九月に完成した。このホテルは立地条件、規模等からみて大阪随一のホテルである。

(二) ところで第二土地上の右ホテルは当然に相当数の駐車場設備を必要とする。今日では駐車場の存否はホテルの死命を制し、その収容可能台数はホテルの営業成績を大きく左右する。もとよりホテル内にも地下駐車場が設けられるが、当然その規模はホテル敷地面積、工費によって制約される。しかも、周辺の道路事情ことにこのホテルが終日自動車の輻輳する大阪駅前に位置し、ホテルの駐車場不足に起因する交通渋滞を避ける必要のあることを考えればホテル内の地下駐車場だけでは十分とはいえず、なお五〇〇台程度駐車可能な場所が外部に必要である。第一土地は、右ホテルの所在する第二土地とは四ッ橋筋をはさんで対面するという好条件の位置にあるから、この土地上に、ホテル付属の立体駐車場を建設することが最も適切かつ妥当である。そこで、吉本及び原告としては、第一土地上に地上九階建四五六台収容の立体駐車場を建築すべく、その基本設計も終えている。

10(本件土地の利用方法)

(一)(一体としての利用)

第一土地は、その東側において路線価一七〇万円(昭和五九年度、以下同じ)の四ッ橋筋に面しているが、その南側には、路線価四七万五〇〇〇円の細い道路であり、西側は路線価五七万円の通りに面している。土地の利用価値は概ねその路線価に現れるものであるから、第一土地を細分化して利用すれば、右各側に面する部分が、その各側の路線価程度の利用価値しか生ぜず、その全体としての利用価値も、細分化したそれぞれの総和にしかならないこととなる。一方において、第一土地を一体として利用するならば、その全体が四ッ橋筋に面した一七〇万円の利用価値を有する土地となって、その価値が飛躍的に高まることとなる。

(二)(高度利用)

建物の建築費は、その土地の利用価値にかかわらず一定であるが、それによって生れる床面積は、その土地の利用価値をそのまま反映した価値を有することとなる以上、更に土地の利用価値を高めるのがその高度利用にあることはいうまでもない。

従って、第一土地の利用については一体化と高層化が不可欠のこととなる。

(三)(建物の種類)

第一土地の一体化高層化をどのような種類の建築物をもって達成するかは、万が一その建築物の収益性についての予測を誤ると、その土地そのものを失う結果ともなるので、非常に重大である。

賃貸ビルを考えると、原告が第一土地の利用を可能にするために支出してきた借地権買取費等の費用、建築費等の建物の取得原価、地主である吉本が得べき地代等がすべて当該ビルの賃借人の支払う賃料によって賄われることとなり、その賃料は、その賃借人が当該ビルにおいて行なう営業ないし事業の収益から賄われることになるから、貸す側としては、どのような業種のどのような賃借人のためにどのような構造のビルを建築するかということがその後のビルの収支を決定することになるのである。そして、第一土地上に建築すべきビルについては、前記のとおりホテルビルの計画が挫折して以来、いまだに具体的な賃貸ビルの構想は原告においてもできていないし、第三者からも提案されたことがないのであって、右のような適切な業種の適切な賃借人を見付けることは極めて困難である。このような基本的な考え方から原告としては、既に体験したオフィスビル、ホテルビルといった賃貸ビルの計画は諦め、自らが最も営業に知識経験を有し、かつ建築費も低廉で、資金回収にも不安がなく、第二土地のホテルとも関連した目的を有する駐車場ビルを第一土地上に建築する計画を樹てるに至ったのである。

11(被告の事情)

(一) 被告は、本件建物を賃借して住居兼店舗として使用していたものであるが、その間住居については奈良県生駒市生駒台南一五九番に宅地334.04平方メートル及び同地上に木造瓦葺平家建居宅91.70平方メートルを取得して居住している。

(二) また、被告は本件建物において薬局を経営しているが、近傍には薬局の経営に適する賃貸物件も多い。

(三) 被告によれば、被告の薬局営業によって生む利益は、月額五〇万円程度であり、それも店舗の収益というより、本人及びその妻の労務ないし役務の対価に相当する額であるというのであって、本件建物の適正家賃あるいは本件土地が本来あげるべき収益を考えれば、このような営業が本件土地において行い得ないものであることが明らかである。

(四) 被告は、昭和二六年以来本件土地において薬局営業をしてきたので同所を離れ難いというが、その事情として主張されているのは、現在被告が就いている各種団体の役職を継続するため、本件土地で薬局営業をしていたいとか、被告が地元の北区薬剤師会の会長をしているため、移転する場合に近傍の会員の薬局と競合するような場所に移転しづらいとかいうような個人的な問題に過ぎないのである。

12(正当事由の補完のための金員提供について)

以上に述べた本件土地が本来利用さるべき姿、それとかけ離れた利用の現状、その改善についての吉本及び原告の努力とそれに対する被告の態度等を総合すれば、原告において被告に対し本件建物賃貸借契約を解除し明渡を求める十分の正当事由が存在するというべきであるが、仮にこれらの事情のみによっては、未だ原告のなした本件更新拒絶の意思表示についての正当事由が具備されたとはいえないとしても、原告は被告に対し、右正当事由の補完として、相当額の金員を支払う意思を有するところ、昭和六二年九月三〇日の本件口頭弁論期日において、被告の借家権評価額と同等の金員を正当事由の補完のため提供する旨予備的に申し出しており、その額は五三一三万八〇〇〇円である。

13(結論)

よって、原告は、被告に対し、本件建物について、主位的に無条件の、予備的に右金員支払と引換えの明渡を求めるとともに、昭和五八年一月一日から本件建物明渡済みまでの同建物占有による賃料相当の損害金として、同六一年七月二八日までの間は合計一五五五万二四一九円(一か月当り三六万二五〇〇円)、及び同月二九日からは一か月当り六九万〇三〇〇円の支払を求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否及び反論

1  請求原因1ないし3の事実は認め、同4の事実は知らない。

2  同5(二)の第一土地の占有関係の主張事実は認め、その余の事実は知らない。

3  同6の事実のうち、(一)及び(三)の大阪駅前における高層化の状況に関する事実は認め、その余の事実は争う。

4  同7(一)のうち占有部分利用状況表のfile_26.jpg、file_27.jpgfile_28.jpg、及びfile_29.jpgの占有土地面積、占有形態、用途(但し、file_30.jpg及びfile_31.jpgについては住居兼用である。)注1ないし4については認め、その余の同7の事実は争う。

大阪駅に近い本件土地については、大阪駅前、西梅田の発展のためにしかるべく開発することは望ましいことであり、被告もこれに協力するつもりはあるが、右開発については居住者らの立場に配慮することは当然であって、後述のとおり原告らにその配慮が欠けている。

5  同8(一)の事実は不知。同8(二)の事実中、吉本から昭和五〇年に中川及びたfile_32.jpg安に対し調停が申立てられたこと、中川らにおいて和解契約の成立を否認したこと及び右調停が同五二年一一月に打切となったことを認め、その余は争う。

右調停と時期を同じくして、吉本から第一土地の一部を占有している中務、宝商事株式会社、吉村隆、被告外一名に対し土地明渡等を求める訴の提起があり、調停内での解決は困難であったこと、同友会会員全員との間で協議がまとまることが望ましいことから調停外で協議が行われることとなったものであり、右調停より先にガンバロウ会が結成されたのは、それまでの吉本あるいは原告の明渡を求めるやり方に不当なところが多かったためであって、これを同友会としたのは、原告あるいは吉本の所為により、日に日にさびれて行く傾向にある大阪駅前桜橋商店街の発展を図り、この大阪駅前に商業活動のできる立派な商業ビルが実現するのを願ってのことであった。

協議の結果、同五一年一〇月二七日には吉本と同友会との間で、区分所有を原則として認めるなどの点で一致した。しかしそれ以上の話し合いは進展しなかったが、これは主として借地権あるいは借家権についての吉本側の評価が極端に低かったことによるのであって、結局吉本が話合いを進める努力を放棄したのである。なお右訴訟も、調停打切と同じ頃取下により終了した。

同8(三)の事実中、竹中工務店が吉本及び原告と被告らとの間に入って交渉が重ねられたことは認めるが、その余の事実は否認する。右交渉については、同友会々員全員がビル建築に原則的に同意し、建築確認手続のため必要な同意書も各人の印鑑証明書を付して竹中工務店に交付した。交渉は、昭和五五年一二月までに概ねまとまり、最終設計も終って、各人の区分所有ないし借床面積(被告については一五坪、なお土地は借地)、専有部分の位置、工事期間中の仮店舗並びに営業補償、工期等も決り、工事の為の立退を待つばかりになっていたのであるが、吉本側の一方的事情により取り止めとなり、被告ら側は多大な損害を被ったのである。

同8(四)及び(五)の事実は否認し、同8(六)(1)の事実中、昭和五四年一二月三一日を借地権の期間満了とする点を否認し、その余は認め、同8(六)(2)の事実中、昭和五七年七月一〇日の経過をもって借地権の期間が満了したとする点を否認し、その余は認め、同8(六)(3)の事実は認め、同8(六)(4)の事実は不知。

6  同9の事実中、第二土地にヒルトンホテルを含むビルが建築されたことは認め、吉本及び原告の設計、計画については不知。その余は争う。

7  同10の主張は争う。第一土地をあげて立体駐車場にすることは全くの暴挙というべきである。

8  同11(一)の事実は認める。被告は生駒市に居宅を取得したとはいえ、薬局の営業上本件建物を住居として使用する必要性はいささかも減じていない。

同11(二)の事実中、被告が本件建物において薬局を経営している事実は認めるが、その余の主張は争う。

同11(三)及び(四)の事実については否認する。

被告は、大阪市北区から選出された薬剤師会の役職者であり、同区内で薬局を移転しようとしても、同会々員の店舗がほぼ全域にあり、割り込む余地はほとんどない状況にある。また被告は、昭和二六年から現在に至るまで三六年余の間本件家屋に居住し、長年に亘り地域社会に密着した生活、営業を続け、本件土地の復興と商店街の振興に尽力し、保護司、薬剤師会の役員として活動してきた結果、本件土地から離れ難い事情にある。被告は生計の資を専ら本件家屋における薬局経営から得ているので、本件土地を離れることは同時に生活の基盤を失うことになる。

9  同12のうち、本件正当事由の補完として原告主張の金員の提供があったことは認め、その余は争う。

原告は、鑑定書記載の本件借家権価額をもって右正当事由を補完する金額としているが、以下述べるとおり、右金額は不相当に低額である。

すなわち、鑑定書では土地所有者と借地権者との権利割合を、この土地柄から二対八としていることはそれなりに首肯できるが、借地権者と借家権者の権利割合を六対四に設定している点は相当ではない。大阪市の市街地改造事業では、当初、土地所有者、借地人、借家人の権利割合を三対四対四に設定していたが、後にこれを三対三対四に変更し、さらに大阪駅前市街地改造ビル第三、第四棟の場合では、これを二対三対五に設定した。このことは近年、土地所有者の権利割合が小さくなったこと、借地人と借家人(現実に営業を行っている者)との権利割合では、借家人の権利がより大きいとみられるようになったことを示している。土地所有者の土地に対する権利割合を二〇パーセントとし、借地人と借家人のその余の部分に対する権利割合を三対四とすると借家人の土地に対する権利割合は約四六パーセントとなるが、これに対して本件鑑定書では借家人の土地に対する権利割合は三二パーセントとしかみていない。

なお鑑定書では、鑑定時(昭和六一年七月二八日)現在での評価を行っているのであるが、その後の一年間に大阪市街地の地価は平均して約二〇パーセント上昇しており、この地域の地価の上昇率は、最近の情勢からいうとさらに著しいものと推認される。

また、本訴請求は理由のないものであることは明白であるが、もし原告において、原告の利益のため被告に明渡を求めようとするのであれば、借家権価額はもちろん、これまで被告において家屋を維持してきたことに対する償金、被告の営業に被らせてきた損害に対する償金、今後営業活動を継続し従前の活動を続けることができなくなることに対する償金等も併せて提供されるべきであるのに、原告の主張する金員の提供についてはこれらに対する配慮がまったく欠如している。

10  同13は争う。

なお、本件のような正当事由の存在を理由とする明渡請求に伴なう賃料相当損害金については、従前賃料ないしこれに相当の配慮を加えた額とすべきものである。また、損害金の発生時点は、補完事由をも含め、正当事由が完全に備って、明渡を認めるのが相当とされた時である。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一建物明渡請求について

一請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

1  吉本は、中務に対し、本件建物の敷地である本件土地を、昭和二一年四月頃賃貸借期間を三年と定めて賃貸し、同二四年二月二六日には期間を一年と定めて賃貸借契約を更新し、中務は同地上に本件建物を所有していた。

2   中務は、被告に対し、同二六年二月一四日本件建物を期限の定めなく賃貸した。

3  本件建物は同三七年七月に火災に遭ったが、火災後同年九月一五日頃吉本と中務との間で、賃貸借期間を同五一年一月末日までとし本件土地の賃貸借を継続する旨合意し、一方、中務と被告との間の本件建物についての賃貸借も継続された。

4  原告は、中務から同五三年八月末日頃本件建物を買い受け、本件建物の賃貸人としての地位を承継した。

5  原告は、被告に対し、同五七年六月一五日書面により本件賃貸借契約を解約する旨申し入れ、右申入が同月一六日被告に到達した。

また、本件記録によれば、原告は、右解約申入により、本件賃貸借契約は、昭和五七年一二月末日の経過によって終了したとして、被告に対し本件建物の明渡を求めて本件訴訟を提起し、これを維持していることが明らかである。

二右の事実によれば、本件賃貸借契約は期間の定めのないものであるところ、原告は右契約が終了したとする昭和五七年一二月末日の六か月以前に被告に対し解約の申入をし、さらにその後本件訴訟を提起、維持することによって、本件賃貸借契約の解約申入を黙示的・継続的にしているというべきであり、本件の争点は、ひっきょう原告の被告に対する右本件賃貸借契約解約申入に借家法一条ノ二所定の正当事由が存するか否かにある。そこで以下右正当事由について検討する。

三賃貸人(原告)側の事情

1  原告と吉本との関係

〈証拠〉によれば、吉本は旧日本国有鉄道(以下「JR」という。)大阪駅前に本件土地を含む土地を所有しており、原告は吉本所有の土地を運営、計画、管理する目的で昭和二九年三月に設立されたいわば吉本一族の同族会社で、吉本家の当主ともいうべき吉本が取締役会長、弟の晴巳が代表取締役社長、同じく弟の博也が専務取締役で、他の三名の取締役はいずれも元従業員であり、しかも株主は右吉本家の三人を含む四人の兄弟がそれぞれ四分の一ずつ保有しており、その実際の運営は専ら右吉本兄弟の意を体して行われていること、吉本は、大阪駅周辺に広大な土地(別紙二の付近概況図①ないし③の土地)を所有しており、これらの土地を原告に賃貸(なお一部は原告の所有名義となっている部分もある。)する等してその管理・運営を委ねており、後記(三)のとおり、第一土地についてもその大半を原告が賃借する等して占有管理し、後記のとおり、別紙三の区画図のfile_33.jpg、file_34.jpg、file_35.jpg及びfile_36.jpgの各部分の明渡を得て第一土地を一体として原告に管理、運営させてその有効利用を図るべく考えていること、原告としてもまた高層建物を建築する等して収益を挙げ、第一土地の有効利用を図りたいと考えていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件建物周辺の状況及び本件建物の現況

本件建物の敷地である本件土地は別紙三の区画図のfile_37.jpg部分に相当し、同部分を含む第一土地は別紙二の付近概況図②の部分に位置し、JR大阪駅や阪神電車梅田駅に至近の距離にあり、地下鉄四ッ橋線西梅田駅の真上にあり、将来設置予定のJR片福連絡線の桜橋駅予定場所にも極めて近い位置にあること、またその面する四ッ橋筋は六車線の幹線道路であり、第一土地のすぐ南を通る国道二号線と交差しており、第一土地の西側には阪神高速道路梅田進入路もあること、第一土地の北側は阪神ビルに接し、西側には道路をはさんで西阪神ビル(ホテル阪神)があること、東側には、四ッ橋筋の向い側の吉本所有の第二土地上にヒルトンホテル及びヒルトンプラザを擁する吉本ビルディングがあること、第一土地は建築関係法規上、市街化区域、商業地域(建ぺい率一〇〇パーセント、容積率一〇〇〇パーセント)、防火地域、高度地区及び駐車場地区であること、近年JR大阪駅前における建物の高層化は著しく進展しており、高層化が果されていない箇所は別紙二の付近概況図の緑色部分のとおりであって、今やその面積はごく限られたものとなってきていることは当事者間に争いがない。

一方、〈証拠〉によれば、本件建物は、戦後吉本から本件土地を賃借した中務が同地上に建てた木造二階建の建物(当初は一階建であったが中務が増築して二階建とした。)であるところ、昭和三七年七月一〇日二階の一部が類焼により焼失したため、被告がこれを増改築して現在に至っており、現況は木造瓦棒葺二階建店舗兼居宅(一階床面積58.82平方メートル、二階床面積56.17平方メートル)であることが認められる。

3  第一土地の占有経過及び現在の占有状況

〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、第一土地は八筆からなる土地で、その面積は公薄上2682.67平方メートルであり、いずれも戦前から吉本の所有に属するものであって、吉本は、同地上に借家用の建物を多数所有しこれを賃貸していたが、いったん戦災のためにこれらがいずれも焼失した状態で終戦を迎えることとなった。吉本は、右地上に将来ビルを建設する意向をもっていたが、当時の経済事情においてはその早急の実現が不可能であったので、とりあえず、一部を賃貸した。その後経済事情の好転に伴い、昭和三八年頃から、吉本は機会をとらえて、後記のとおり吉本個人の所有する土地の運用のために設立された原告をして、右借地権あるいは借家権を買収させる等してその占有を回復してきた。その結果近時においては、別紙三の区画図のfile_38.jpg部分(株式会社河原写真機店占有、土地面積約一四六平方メートル)。file_39.jpg部分(中川料亭株式会社たfile_40.jpg安占有、土地面積約九七平方メートル)、file_41.jpg部分(被告占有、土地面積約七四平方メートル)及びfile_42.jpg部分(山本勘助占有、土地面積約五八平方メートル)の計約三七五平方メートルを除く部分、すなわち全体の九〇パーセント弱に当る約二三〇八平方メートルを原告が占有、使用するに至っている(右占有関係については当事者間に争いがない。但し、file_43.jpg部分の北側部分は第一生命保険相互会社に対して臨時店舗所有のため一時賃貸している。)。従って、原告が第一土地全体を使用しようとする場合には、file_44.jpg、file_45.jpg、file_46.jpg及びfile_47.jpg部分の占有、使用が妨げとなっている状態にある(なお右file_48.jpg、file_49.jpg、file_50.jpgの部分については、現段階では原告は借地権等の占有権原を有していないが、前記の吉本と原告との関係及び原告が本件第一土地の大半の部分の占有を取得するに至った経緯に照らすと、右各部分についてもその占有者がこれらを明け渡せば、原告が当然にこれらの部分の占有を取得することになると考えられ、この意味において結局これらの部分に対する原告の占有使用が妨げられているということができる。)。

4  本件土地及びその周辺の地価等

〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 第一土地の固定資産税価額は昭和五七年度において一七億九七五〇万九〇〇〇円であり、その四ッ橋筋に面する東側部分の相続税評価基準としての路線価は同五九年度において一平方メートル当り一七〇万円であって、前記鑑定結果は本件土地の更地価格を同五七年一月一日現在七九六七万一〇〇〇円(一平方メートル当り約一〇八万円)、同六一年七月二八日現在一億五九三四万三〇〇〇円(一平方メートル当り約二一六万円)としている。

(二) 第一土地全体の同五九年度における固定資産税は二三六六万六四四〇円、都市計画税は五三九万二五一〇円で両者を併せた公租公課は二九〇五万八九五〇円である。

(三) 原告が本件土地、建物に関し得た収入は、同五七年度において月額七万円の賃料であるのに対し、原告又は吉本が本件土地、建物に関し負担した公租公課(固定資産税及び都市計画税)は、同年度において月額四万二三七三円〔算式 本件土地について(1,856,070+412,500)×73.77/462.97÷12≒30.128円.30,123+12,250=42,373円〕である。従って、原告又は吉本は同年度において本件土地から二万七六二七円の収益を挙げたこととなる。

一方、第一土地全体の収益として、吉本は前記file_51.jpg、file_52.jpg、file_53.jpg及びfile_54.jpgの土地部分、原告が同地上で経営している駐車場並びに原告の事務所の各地代として約三二〇〇万円、駐車場の営業収益として約一三五〇万円の収益を挙げているが、同五七年度において第一土地につき二七〇〇万円余の公租公課(固定資産税及び都市計画税)を支払っている。

5  原・被告間における交渉の経緯

〈証拠〉によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 吉本は、昭和四七、八年頃河原写真機店に協力を求めるなどして、第一土地上へのビル建築計画を推進し始めた。

(二) 吉本は、昭和五〇年中川千代三及びたfile_55.jpg安に対し、別紙(三)の区画図のfile_56.jpg地上の建物の明渡を求める調停を申し立てた。一方、同四八年山本勘助を除くその余の第一土地上の建物所有者及び占有者を構成員として「ガンバロウ会」が結成され、のちその名称は「大阪駅前桜橋商店同友会」と変更された。右調停が続行される間吉本と同友会との間で話合いが続けられたが、結局合意は成立しなかった。

(三) 昭和五三年に至り、竹中工務店が第一土地にホテルを誘致し、併せてテナントも入れる賃貸ビルを建築する案を吉本、原告及び同友会に提示した、双方はこれを了として話合いが続けられたが、同五六年一月に交渉は決裂した。

6  駐車場ビル計画の具体化とその必要性

〈証拠〉によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

吉本と原告は、前記のとおり、第一土地を一体としてその有効利用を図るべく、その占有の回復に努め、いったんは竹中工務店の提案により、第一土地上に一部をホテルとしその余の部分にテナントを入居させる賃貸ビルの建築を計画するなどしたが、昭和六一年九月、第一土地の四ッ橋筋を隔てた向い側にある第二土地上に、竹中工務店と原告との共同出資による吉本ビルディング株式会社によって、ヒルトンホテル及びヒルトンプラザを擁する吉本ビルディング(右ホテル部分は地上三四階建の超高層建物)が完成し、同ホテル及びその周辺には十分な収容の能力ある駐車場が存在しないことから、右吉本ビルディング株式会社の出資者でもある原告として同ホテルの利用に供するためにも第一土地上に駐車場ビルの建築の必要を感じ、一方で前記のような賃貸ビルについては、適切な業種の賃借人の選定に困難を伴い、立退等に伴う補償費、工事等を考慮すると、収益、採算性の面で不確実な要素も残るところから、結局原告としては、第一土地上に自身が営業上知識経験を有し、かつ建築費も低廉で採算面でも確実な収益が見込まれる駐車場ビル(地上九階建、四五六台収容の立体駐車場)を建築することを考えるに至り、その基本設計も終えている。

四賃借人(被告)側の事情

被告本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。

1  被告は、昭和二六年から三七年余りの間本件建物を賃借して住居及び薬局営業のための店舗として使用しており、被告はその生計の資を主として右の薬局経営から得ている。現在被告は右薬局営業を妻と二人で行っており、一か月の純益は約五〇万円である。被告は北区薬剤師会の役員としてまた保護司として、地域社会に密着した生活及び活動をしてきて、本件土地から離れ難い心情にある。一方で、この間被告は、住居として、奈良県生駒市生駒台南一五九番に宅地334.04平方メートル及び同地上に木造瓦葺平家建居宅91.70平方メートルを取得している(この点は当事者間に争いがない。)。

2  被告は、右のような事情から、原告から本件建物の明渡の要求がなされるに至って後は、一貫して本件土地を離れることを拒み、どうしても明け渡すというのであれば、原告において第一土地上に被告の店舗だけでも確保できるような提案をすることを希望している。

五正当事由の存否

借家法一条ノ二にいう正当事由の存否は、結局のところ賃貸人及び賃借人双方の使用を必要とする事情を比較衡量して、いずれの使用がより必要であるとするのが相当かを決することによって判断すべきであるところ、右に認定した各事実を総合すれば、次のようにいうことができる。

すなわち、原告が、本件建物賃借人である被告に明渡を求める意図は、本件建物に原告の事務所を設置する等してこれを自ら使用するというものではなく、いわば原告及び吉本の営業上の必要から、本件建物を取り壊したうえ、本件土地を含む第一土地全体を一体として、その上に駐車場ビルを建築して、その有効利用を図りたいということにある。

そして、右のような営業上の必要の有無の判断は、当該企業が自らの企業目的を踏まえ、活用すべき資産の現状、自らの置かれた経済状勢等種々の要因を考慮して行う企業としての合理的な判断に委ねられるべきところ、前記のとおり、本件土地を含む第一土地はJR大阪駅の至近距離にあり、商業地域(建ペイ率一〇〇パーセント、容積率一〇〇〇パーセント)、高度地区、駐車場整備地区であって、付近一帯は近年再開発が着々と進められ、各種交通機関、ホテル、百貨店等が集中して高度に都市化されつつあるところ、本件建物の現況は二階建の本造建物であること、第一土地のうち九〇パーセント弱は既に原告が占有を回復していること、本件土地の取引価格及び公租公課が高額にのぼるのに比して、被告の負担する家賃は著しく低廉であり、そうかといって本造二階建の現況のままでは家賃の値上にも限界があり、仮に収益率の良い建物に建替えるにしても本件土地のみを敷地とするのでは不十分であって、隣地との一体的な有効利用が可能であればそうするのが望ましいこと等を考慮すると、本件土地を含む第一土地全体の一体的な有効利用を図るために同地上に駐車場ビルを建築したいという原告の意図は、企業の判断としても十分に合理性を有するというべきである。しかも右駐車場ビルの建築計画が実現可能なものであると共に、前記認定の周辺の状況からすると、右駐車場ビルを建築することにより第一土地周辺の発展、再開発に寄与し、市街地における土地利用の効率を高めることにもなることを考えると、その社会的な必要性も十分に認められる。なお、被告は、被告の店舗の確保可能な賃貸ビルの建築ならばともかく、駐車場ビルの建築などは全く論外なものであるがごとく主張するが、前記認定の本件第一土地に隣接する第二土地に存するヒルトンホテルの規模からみて駐車場不足の予測し得ること、本件第一土地の周囲の状況、さらには営業上の採算性という観点からすると、確かに既存の借地人、借家人等に対する配慮という面においては、同一場所に賃貸ビルを建築し、これらの者の当該ビルへの入居を認めることが望ましいとはいえ、新たに建築されるビルが駐車場であるとの一事をもって右企業判断の合理性及びその建築の社会的必要性までをも否定することはできないというべきである。

これに対し、被告は、三〇有余年にわたり本件建物に居住し、薬局を営業し、右営業によって生計を建てており、一方で地域社会との結びつきも認められ、これらの事情に照らす限り、被告における本件建物使用の必要性も十分に首肯できるというべきである。しかし、また一方で、被告は既に奈良県生駒市に自宅を構えここに居住しており、本件建物から立ち退いた場合に全く生活の本居を失うわけではないということができる。また被告は北区の薬剤師会の役員をしていることもあり、同区内に新たに薬局を開店するのは困難である旨主張するが、前記認定の被告の営業の規模、本件土地周辺の状況に照らすと、十分な資金的な裏付けがありさえすれば、本件土地の近隣に店舗を確保し同所で営業を継続する余地は十分あるものと推認され、この意味において、無条件による明渡であれば格別、十分な金銭的な裏付けを前提とすれば、本件店舗を失うことによる営業上の打撃が被告主張のように回復が困難なほど深刻なものであるとまでは認められない。

以上の原・被告双方の使用必要事情に照らすと、原告の使用必要事情は、これが被告側のそれを上回るとまでは認められないものの、両者の間にはおよそ原告の明渡請求を不当とする程に確たる差はないというべきである(確かに、明渡によって被告自身がその営業上一定の損失を被るであろうことは十分に予想できるが、一方で、原告側においても本件のごとき事情のもとでは、被告が本件建物の明渡を拒むことにより、権利者として得ることが不相当とはいえない利益を失っているとみることが十分に可能であり、営業上の損失という観点からは両者の間に決定的な差異は見出せないし、被告の主張する本件土地への執着も、いずれかといえば、長年土地に定着して来た者の個人的な情緒に由来する面が大きいと見られないではないのである。)。

してみると、被告に対しては、一時的な営業中断のための補償、新規に店舗を賃借するための保証金等立退きのための諸費用を填補するに足りる相当額の立退料の提供により、原告の本件明渡についての正当事由は補完され具備されるものというべきである。

六立退料の額の算定

原告は被告に対し、昭和六二年九月三〇日の本件口頭弁論期日において、立退料として五三一三万八〇〇〇円の支払を申し入れていることは本件記録上明らかである。ところで、右金額は鑑定人佐野幸人の鑑定の結果を基に算出したものである。

右鑑定は、取引事例比較法を適用して土地の比準価格を求め、比準価格を標準として、地価公示価格を参考として更地価格を算出し、また原価法を適用して建物価格を算出したうえ、借家権価格をもって立退料相当額とし収益還元方式により正常実質賃料相当額から実際支払賃料額を控除して得た額を還元して求めた額と、割合方式により当該地域の慣行的借地権割合を八〇パーセントとして求めた額の平均値をもって借家権価格として立退料相当額を算出していることが認められる。

当裁判所も右鑑定の手法を基本的に正当なものとして是認すべきものと考えるが、右鑑定時の昭和六一年七月二八日より本件口頭弁論終結時の同六三年六月六日までおよそ二年を経過し、その間大阪市の消費者物価指数は若干の上昇しかみられないものの、本件土地の近傍であるJR大阪駅前の高度商業地域、例えば大阪市北区梅田一丁目八番一の土地について、その一平方メートル当りの公示地価をみても昭和六一年度おける一二一〇万円から昭和六三年度においては二六〇〇万円へと二倍以上も上昇する結果となっていることは当裁判所に顕著な事実であって、右事実に、前述した原・被告双方の諸事情ことに被告に対しては営業中断の為の補償や、新たな店舗借受の為の費用等で相当額の金員が必要なこと、もっともこれら金員の多寡や、前記借家権相当額等について被告は何ら主張立証しないことを総合考慮すれば、当裁判所は正当事由を補完するものとしての前記立退料の額は、これを九〇〇〇万円とするのをもって相当と判断する。

なお、右金額は原告が申し立てた金額より多額ではあるが、申し立てた時期が一年近く前であること等その他弁論の全趣旨に照らし、原告の申立の範囲を超えるものではないというべきである。

そうすると、九〇〇〇万円の立退料を解約申入の正当事由は補完されると解されるから、原告が被告に対してなした解約申入は有効であって、昭和六二年九月三〇日から六か月を経過した同六三年三月三一日をもって本件賃貸借契約は解約されたというべきである。従って、被告は原告に対し、右同日以降原告が九〇〇〇万円を支払うのと引換えに本件建物を明け渡す義務があるというべきである。

以上によれば、原告の本訴請求中、主位的請求は理由がなく棄却を免れない。

第二賃料相当損害金について

まず、賃料相当損害金の額は、前記鑑定の結果によれば、昭和六一年七月二八日以降六九万〇三〇〇円が相当であると認められる。

次に、賃料相当損害金の起算点について検討するに、被告の本件建物明渡義務は原告が立退料九〇〇〇万円を被告に提供して初めて遅滞となるところ、原告は未だ右九〇〇〇万円を提供していないことは本件記録上明らかである。そうすると、原告の求める賃料相当損害金の請求は、原告が右九〇〇〇万円を提供した翌日から初めて理由があることになる。

以上によれば、原告の予備的請求は右の限度で理由があり、その余は理由がなく棄却を免れない。

第三結論

以上のとおりであるから、原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、原告の予備的請求は原告が被告に対し九〇〇〇万円の支払と引換えに本件建物の明渡を求め、かつ原告が右金員を提供したにもかかわらずこれを明け渡さないときは右提供の翌日から右建物明渡済みまで一か月六九万〇三〇〇円の賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、仮執行の宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官西岡清一郎 裁判官成瀬公博)

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